ネット上でだけれども、運命の出会いというのがあった。
一人目が、祖父江直人氏だ。
彼は「ライブハウスの最後尾より」というブログを運営しており、その中のカテゴリに、「親愛なる自殺志願者へ」という強烈なタイトルのものがある。
彼は自殺を行き詰った先の選択肢の一つとして「全肯定」しつつも、それ以外にも楽になる方法があるのかを生きている中で模索しようとするスタンスを取っている。当然ながら自殺を推奨するものではない。
彼は幼少期から持つ空虚感、成人してからの仕事上での悩みから自殺願望を抱くようになったが、徐々に自分を受け入れるようになっていって、現在のような考えに至ったようだ。
彼の死生観は鋭く、真剣で、自分より年下の人間とは思えないほどの内容の文章を書いている。俺が年相応の考え方をしていないというのもあるが。
そして何よりも、自殺というタブーから逃げずに堂々と向き合う信念が凄いのだ。現在もなお立ち向かい続けている。
ネット上ではとにかく「生きろ、生きろ」のオンパレードで息苦しく、憤りさえ感じてしまうけれども、そんな世の中に対してひるまずに信念を貫いているというのが異色ながらも魅力的に感じたのだ。
そしてもう一人は強迫性障害を専門に扱う、臨床心理士の鈴木淳也氏だ。
鈴木氏によると、強迫性障害は薬をしようしてもなかなかよくならず、認知行動療法が有効であるとのこと。鈴木氏の言う強迫性障害に対する認知行動療法とは、とにかく不安であることにあえて挑戦することが重要であることだ。
例えば、出かける際に鍵がかけたか不安になって、何度も戻って確認する確認強迫の場合は、戻らずにそのまま出かける。
汚いものに触ったかもしれないと不安になって、手を洗ってしまう不潔強迫の場合は、あえて手を洗わない。
そして重要なのは、こうした行動をずっと続けていくことなのだ。
俺自身は車を運転していて人をはねたかもしれないと不安になって、前通った道に戻ってしまう加害強迫と、品物を箱に入れる作業をしていて本当に入れたか不安になって何度も箱を開けて確認してしまう確認強迫がある。
鈴木氏の存在を知る前は「何でこんなに確認に時間を取られるんだよ?」という得体の知れない疑問があったけれども、ググっていて鈴木氏のサイトにたどり着いてからは、ようやく長年の疑問が晴れた気持ちになった。
実際に鈴木氏のカウンセリングは受けてないが、鈴木氏のtwitter上での呟きを参考にして、自分なりの形で「行動」しているつもりだ。今後症状が悪化することがあったら正式なカウンセリングを受けることもあるかもしれない。
最後の一人だけど、これは前回の記事で紹介した黒バス事件の最終意見陳述の渡邊博史氏だ。
内容は割愛するが、彼の努力に関する考察が自分が長年悩んでいたものにベストヒットした。
長年の仕事等の悩みや家族との板挟みで人生を諦めていた俺だが、心の奥底では現状打破を渇望していたのだろうか。そうじゃないとこういった運命の出会いはなかったのではないかと今は思う。
何とか運命の出会いを無駄にしない為にも、令和には動き出したいものだ。