ダメ人間にもなれない

年金、福祉のない超低資産の老後生活

俺がもしも親になったなら

あり得ない話だが、もしも俺が人の親になったならとたまに考えることがある。

 

今の考え方からいくと確実に放任、無関心型の親になるだろう。

 

過去の記事を読んで頂いている方ならおわかりかもしれないが、俺は基本的に押し付けたり人にどうこうしろと言うタイプではないし、猛烈に嫌っている。

というよりも俺自身が縛られたり、ああしろこうしろと言われるのが大嫌いで、基本的に放っておいてほしいと願っているというのが正しいだろうか。

 

子供が俺と同じタイプならそれでいいかもしれない。だけど、俺と真逆できっちり構って寄り添ってほしいタイプだったら・・・

 

虐待だ… 

 

虐待といえば子供を正当な理由もなくしつけと称してひっぱ叩いたりするイメージが俺の中では強いけれども、放任も度を過ぎれば同じ行為なのだ。

 

要するに子供がどうしてほしいかということを汲み取らないといけないということだ。そして例え愛があったとしてもそれが一方通行になってしまっては本末転倒である。

 

かなり悪い例え方になっちゃうけども、一方的に好意を寄せるストーカーが相手に対して、

 

「自分はこんなに貴方を愛してるのに貴方は何も応えてくれない酷い人間だ!!」

 

と、こんな感じになったら本当に最悪だ。 将来的に何らかの報復をされても文句は言えないだろう。

 

世に言う毒親というのももしかしたら彼らなりの愛というか思いやりみたいなのがあるのかもしれない。親から見放されて育ったのであれば我が子にはそうさせまいと過干渉になっちゃったり、逆に厳格に育ったのであれば完全に放任になっちゃったりとか。

 

だとしても子供からしたらたまったもんじゃない。愛があるから無罪放免!となるのはあまりにも虫が良すぎる。毒親の環境から脱することができるならまだいいけど、その気力すら失われたなら本当に地獄だ。

 

まあ、結婚とは既に無縁の世界に首を突っ込んだ俺には無縁な話だから杞憂だけどね。でも相手を思いやった行動が仇となって、相手を苦しめてしまうこともあることは頭の片隅に置いておかなくてはいけないと思う。