ダメ人間にもなれない

PCの画面をクリックするしかできない男の日記

かつて質問箱で質問したこと

質問箱を止めて早3か月が経つが、向こうから質問されることは結構あったがこちらから相手に質問をしたのは本当に数える程しかなかった。

 

その中の一つで未だに脳裏に焼き付いているものがある。

 

「生きることは義務か、権利か?」

 

本当に意地悪な質問をしてしまったと今は思う。間違っても入社試験の面接官は入社希望者に対してこんな質問をしてはいけない。

 

それに対しての回答はこうだった。

 

「難しい質問ではあるが、おそらく正解のない答えだ。少なくとも自分は権利だと思いたい。」

 

正直回答があるとは想像していなかったが、真摯に回答してくださった。そのことには本当に感謝したい。

 

俺はブログやtwitterでも「生きたきゃ生きようぜ!」とか声高々と叫んでいて、生きることは義務じゃないということを度々主張してきた。だけど本当にそう言い切れるのだろうか?

 

基本的に生きたい人が生きればいいと考えているが、生きる義務が発生する場面も確かに出てくる。

一つは犯罪を犯して刑務所に服役する場合。裁判で決められた期間は生きて罪を償う義務が発生する。

二つ目は養う家族がいる場合だ。親、子ども、兄弟、同伴者、ペットも含んで。そういう場合においては個人だけの問題では済まされないので、簡単に人生を諦めさせたりすることはできない。もっとも、家族を養う自信がないのだったら最初から家族を作ったりするなという話になってくるが。

 

何かすごいゴッチャゴチャになってしまったね。それだけ生きることに関しては一概に言い切れないということなのだろう。

 

そうすると安易に生きるのが嫌ならば死ねばいいじゃん!と言えなくもなってくるが、だからといってみんな苦しんででも生きる義務があると主張することもできないのも事実だ。生きる義務を課すだけでは問題解決にならないし、むしろ犯罪とかの新たな問題が生まれる危険性もある。

 

なので、生きる義務が生じるケースがあることを踏まえつつも、俺は基本的に生きたい人が生きるのがベターであると言い続けていきたい。その方が生きやすくて楽しいはずだろうし。