ダメ人間にもなれない

年金、福祉のない超低資産の老後生活

無能のギリ健の生き方

久し振りにギリ健ネタで書こうと思う。例に漏れず内容が醜悪で不快感全開になってしまうので、今の内にブラウザバックされることを推奨する。

 

この世の中は無能には冷たく厳しい。日本のみならず、海外でもおそらくそうだろう(海外の方がそれは顕著だと思っているが)。特にギリ健という福祉の対象にもならず、ただ普通の枠にぶち込まれている域の人間は単なる無能の烙印を押され、ゴミクズ同然の扱いを受ける。

 

そんなクソで惨めな人生なんて嫌でしょ?

 

だったら今すぐこんな記事何て読まずに、「仕事を早くするテクニック」とか「段取り術」といったビジネス本を片っ端から読み漁ってとっとと実践すればいい。タイミイズマネーというかタイムイズライフだよ?

 

そして今まで職場とかでバカにしてきた連中を見返してやればいい。そうすれば爽快感を得られるだろうし、収入もアップして、合コンで良き伴侶にも巡り合える確率もグンと上がる。いいことづくめだ。

 

俺はこうしたやり方を正攻法と勝手に呼んでいる。自らの無能さを素直に受け止めて、コツコツ努力して普通の人に追いつき、追い越していくやり方だ。この生き方は何ら問題はないし、SNSやブログにアップしても応援してくれる人も増えてくる。YOUTUBEでもこういった人は目立っているように見えるし。上手くいけば24時間テレビのドラマにも取り上げられるかもしれない。

 

超絶ひねくれた俺から言わせれば、それができるのは無能でも傷が浅いレベルの場合だ。中には本当にドツボにハマった廃車レベルの無能もいて、そいつらには適用されないのだ。単なる的外れなお綺麗事で片付けられてしまう。

 

こんなことは実現不可能なことはわかった上で言わせて貰うが、障害者の範囲を広げて福祉を受けやすいようにすべきなのだ。現在の高度化した労働においては、求められるIQも高くなって然るべきなのに、健常者の領域は相変わらずだ。下手したら更に健常者の領域は広がってしまうかもしれない。

 

それに、無能な人間で本当に手抜きしている人ってそんなに多くないんじゃないのかな?むしろわざと手抜きできる無能の人ならばある意味根性もあるし、本気を出せば成功できることもなくもない。俺としてはアクセル全開だけど同時にブレーキをかけているか、向かうエネルギーが別のところにいってしまっている気がするのだ。

 

あとはやはり基本スペックが低すぎてどうしようもないというのもある。高速道路に原動機付自転車で走らされていると例えれば良いだろうか。周囲の「普通」の人達である乗用車はアクセル全開にしなくても80~100キロ出せるのに対して、「ギリ健・無能」の人達である原付はアクセル全開でも60キロが精一杯で、周囲に迷惑をかけてしまう。

そこで改造(現実でいえば普通に近づく努力)を施して最速120キロとかにすることも全く不可能ではないけれども、やはり普通には及ばないというのが現状だろう。

まあ下手に普通の人達の中に無能を混ぜない方がいいんじゃないかということだね。

因みに日本の高速道路は126ccからでないと乗れないのでお忘れなきよう!!

 

 

ここまで読んで頂いた方からは、「言い訳の神様」、「腐れを通り越した性根の持ち主」などといった罵りや怒りがこみ上げてくることだろう。しかしながら拭いきれない事実でもあるのでこちらとしても前言撤回はするつもりはない。

 

要するに無能のギリ健でも、正攻法で生きられる人とそうでない人に分けられていて、両者が理解し合える可能性は低いということだ。

 

そして、俺を含めた正攻法で生きられない層はどうすればいいのだろうか?残念ながら具体的な方法は未だ見つかっていない。ベーシックインカムも、俺が密かに支持しているアレ(敢えて割愛します)も実現する見込みもないので最悪だ。

強いて言えるとしたら精神論の世界に入ってしまうけど、普通の生き方と完全に縁を切る覚悟と気合が必要ということだろう。無論それは容易なことではないし、並の精神状態ならばまず不可能だろう。

しかし、どれだけ年数を重ねても正攻法の生き方ができない、受け入れられないということは普通でない生き方をある程度肯定している、否定しきれていないということの証左ではないだろうか?

今はまだできなくとも、何かのきっかけがあったり、期が熟した時に動き出す時がくるかもしれない。

その時までにできることをやっていくしかないのであろう。