ダメ人間にもなれない

PCの画面をクリックするしかできない男の日記

底辺や弱者でも雲泥の差がある

どうもこんばんは。ようやく仕事が納まり、Netflixとプライムとゲーム三昧の廃人生活を過ごそうとしているていのうでございます。

久しぶりに俺らしいネガティブかつ現実的な話題でいこうと思います。

 

無職、ひきこもり、無能、などなど。こういった弱者や底辺を自称している人達はネット上に沢山いる。むしろ今の日本はこういった人達が半数以上を占めているのではないかと思わされるくらいだ。

これだけの数がいれば大勢力となって、権力を持っている大金持ちや政治家も倒せそうだと錯覚させられるけれどもそうはいかないのが現実だ。弱者や底辺ほど精神的にも金銭的にも余裕がなくて、団結するどころか足を引っ張り合い、自分より弱い者やダメな者を見つけては鬼の首を取ったかのように叩きまくる。

 

そんな弱者でも大ざっぱに分けると2種類いる。一つ目はそこから這い上がろうとする者であり、もう一つは諦めてしまった者だ。

前者は幼少期に所謂親ガチャに外れて毒親育ちだったりいじめを受けて散々な目に遭ってきたけれども、それに屈せずに人生逆転を狙い続ける人達だ。こういう人達は団結しにくい弱者側でも「同志」が割と多くて人脈やコミュニティを形成しやすくて、リア充側に戻れる可能性が高い。

逆に後者は前者と似たような境遇を歩んでいることは共通しているが、完全に心をへし折られてしまって気力がなくなり、詰んだ状態になってしまっている。さらにこういう人達はネット上で「同志」を探してみてもなかなか見つからず、更に孤立しやすい傾向にある。その結果最後の砦となるネット上からも撤退して消え去っていくのではないかと考えている。

 

実際はこんな極端なものでなくて人によってグラデーションがあって、人生の50%は諦めているという人もいれば、ほぼ完全に諦めている人もいるという感じだろう。

それでも後者の人達は弱者の中でも更にマイノリティな存在となって生き辛いのは間違いない。

 

俺自身は後者側であると自覚しているが、リアルは無論のこと救いとなるはずのネットの世界でも「同志」はほぼいないというのが本音だ。部分的に理解できる人達がいるのが心の支えだが。

 

前者の人達の気持ちもわからないわけじゃない。過去に受けた惨めな思いや拭い切れない悔しさや憎しみを抱えていて、そこから脱したり自身の人生を取り戻したいのではないかなと思う。それでも「見える景色」は後者の人達とは明らかに違うので理解し合うというのが難しいのだろう。下手したら前者側の方から迫害される可能性もあるかもしれない。後者のような弱くて情けない存在を見ていたらかつての自分を思い出しそうになって虫唾が走るというか、許せないという気持ちになると言えば良いだろうか?

 

いずれにせよ、諦めている側の人のアカウントというのはやはり少ないし、あったとしても短命に終わってしまうのが現実だね。勿論諦めていない人達はそれで素晴らしいけど、俺個人としては諦めている側の意見も一定数存在しても良いと思っている。

そうでないと偏り過ぎてバランスが取れなさそうなので。