ダメ人間にもなれない

年金、福祉のない超低資産の老後生活

常に100%以上が当たり前

仕事とかで、人間程々がいいという言葉を聞いたことがあるけれども、俺にとっては程々なんて絶対に許されない。常に100%で取り組まないととてもじゃないが追っつかない。厳密に言えば、100%でやったとしても他の人の半分以下がいいところだ。

 

だから必然的に完璧主義とならざるを得ないのだ。完璧主義とか、ゼロか100か思考は良くないとか言われるけれども、実際は完璧主義を強いられてしまっている。そうしないと怠け、努力不足とされちゃうから。

 

だったらやり方なり要領を変えたら?となるだろうけども、エネルギー消費量は普通の人と同じかそれ以上使ってしまっているので、それもままならず、更には理解もされずに追い打ちをかけられる。正に無念。

 

そういうのを繰り返している内に辿り着くのが、何もしないイズベストという思考だ。

ハナっから何もしない方が周りにも迷惑はかからないし(下手に手を出すよりもマシ)、自分自身の自我も保てる。正に一石二鳥。今の俺もこれは正しいと思う。

 

でもまあ物事を継続させるには程々(精々8分程度が限界?)にやっていくことが大切だと思うし、程々が認められればいいのだけれどもね。

 

俺のような人間はやはり労働の戦力としてではなく、パソコンの画面をクリックするだけとか、ハンコを押すだけの「福祉」としての作業を与えるのが妥当だと思うね。

 

残念ながらできる人たちはこんな意見に耳を貸すわけじゃないので、俺はぼちぼち(何もしてないのと同じレベルで)節約生活でもやっていくとしますかね。

 

できることしかやらないぞ!