ダメ人間にもなれない

年金、福祉のない超低資産の老後生活

断捨離は嫌いじゃないが続かない

何年振りかわからないが、部屋の掃除をした。掃除というよりは断捨離というのが正しいのだろうか。

最初の会社に入った時の書類やら、当時の日記(大学ノートに書いていた)も懐かしいが、中学生の頃のプリントまで出てきたのは自分でも萎えてしまった。

 

掃除及び断捨離は毎日できない性分ではあるが、それら自体嫌いじゃない。ダイソンのハンドクリーナーを購入してからは棚とか部屋の隅のホコリを片っ端から「シュイーン」と吸い込みまくるのが意外とハマるのだ。効率は悪いけど床掃除もコイツ1台でやってのけることもあるし。

 

ただどうしても続かないのだ。俺自身が大雑把な人から見ても雑レベルで(客観的に見たら俺の丁寧は普通のいい加減レベル)、取りあえず生活できる空間さえ確保されていればゴミを放置していても何の苦痛も感じないというのもあるが、掃除してもどうせまた元通りになってしまうことを考えると猛烈な虚無に陥るのだ。

 

思い切って不要物を断捨離して、部屋の空間を広げた時は爽快感を感じるが、それ自体でお金になるわけじゃないし、正直なところ以前のままでも生活は支障はないので時間が経てば意義も薄れてくる。むしろ穴を掘ってはまた埋める作業というか、賽の河原みたいな感じで無駄の連続で心をへし折られてしまうのだ。

 

俺のような人間は食料とか消耗品以外は備蓄してはいけないのだろうね。食料とか酒だったら嫌でも消費するし、ゴミ箱がたまれば流石に捨てに行くし。

ただ、書類や本は「捨てるのが怖い」という心理が働いてしまう。それが原因で10年以上前のよくわからない伝票とかテキストやらが後々発掘される羽目になってしまうのだけれども。強迫性の片鱗かもしれないが。

 

もの凄く極端なやり方になるが、持っていてもお金に繋がらない、生活に困らないものはすぐに捨てていくしか対策はなさそうだ。俺の場合は持っていても保管方法が最悪なのでメリカリやヤフオクで売れる状態にならないので。