ダメ人間にもなれない

年金、福祉のない超低資産の老後生活

人に会っておきたいという気持ち

先日遠方に住んでいる叔父が亡くなったという訃報を聞いた。

叔父には小さい頃から可愛がってもらっていた。そして5年前に俺が叔父が住むところに行った時は、観光案内から滞在先の手配まで何から何まで至れり尽くせりでお世話になった。

また訪れた時は叔父ともっと話しておこうと思っていたけれども、それは叶わなくなってしまった。叔父が元気な内に訪れておいて良かったとも思うけれども、まだ沢山話を聞きたかったという悔いが残るのも事実だ。

そして、会えるうちに会っておくべきだと思った。

 

俺は自他共に認めるぼっちで、人間関係を構築できるタイプではないとも自覚している。以前はネットで知り合った人と直接会うということもちょくちょくあったけれども、何度か会っていく内に相手との圧倒的な違和感というか、「相手は悪い人じゃないけど、俺の考え方とかは理解してもらえないだろう」という思いが強くなっていって、気付いたら疎遠になるパターンが多かった。

なので、いつしかネットでも相手に深入りしたり絡んだりしないようになっていった。アカウントも何回も消してしまったし。

 

こんなことを書くと誤解を招く恐れがあるので、未だにちょくちょく連絡を取り合っている人は何人かいるからあの時の行動は全く間違いではなかったと思うし、感謝もしている。

 

とにかく、どうしても「相容れない」という気持ちが強いし、相手に土下座とかしてまで関係を持ちたいとも思えない。それは未だに変わっていないのだ。

 

それでも、会っておきたい、会ってみたいという人が何人かいるのも事実なのだ。

例えそれが一期一会だったとしても、だ。

 

いざ会ったはいいが、それからどうなるんだ?と問われたらその先は何も残らない可能性が高いだろう。俺はそれで構わないと思っている。誰かにやらされたとかでないのであれば、自己責任として割り切ることもできるし。

 

それに俺も日々年老いていくわけだしね。長生きできるタイプでも将来はセミリタイア!と意気込むタイプでもない。ライブで例えたら「アンコール」のお時間に入ってしまっているわけで。

 

現在のコロナの状況では人に会うというのも難しいと思うが、ワクチンができてインフルエンザ扱いとかになったらまた会う機会を設けたいと思っている。

 

矛盾するかもしれないが、こんな時代だからこそ、今の内に好きなことややれることをやっておくのもアリなのだろう。