ダメ人間にもなれない

年金、福祉のない超低資産の老後生活

ブチギレ防衛

どうもおはようございます。最近になって喫茶店等でミルクティーやコーヒーについてくる「シナモンスティック」が食べるものでないと気付いたていのうでございます。

この間出されたシナモンスティックを頑張って嚙み砕いて完食致しました。

 

昔やっていたブログで書いたことがあるけれども、「再録」という形で書こうと思う。

 

今も変わらないだろうが、過去の俺はいじめとまではいかなくとも弱くて舐められやすく、からかわれる度に何も言い返せずに悔しい思いをしてきた。

 

あれは中学生の頃だっただろうか。朝の登校時にとある同級生とすれ違う際にバカにされるような一言を浴びた。それ以前は何も反論できずにいたけれども、その時だけは違った。何かのタガが外れたのか急にキレ出したのだ。

 

周囲の壁やドアを蹴りまくったり、唾を吐きまくったり、(汚ねぇ~)と散々。その後は担任の教師に注意されてから教室に戻った。それから少し時間が経った頃、先ほどの同級生が俺のところにやってきた。俺は思わず「あの時はごめん…」と言ったけど、向こうから「悪かったのう」と思いがけないことを言われた。俺のブチギレ騒動は「和解」という思わぬ形で終結した。

それからはからかわれることは少なくなっていったように思える。

 

今の俺がこんなことをやろうものならば秒速で110番通報されて、新聞の記事に「ていのう容疑者逮捕」と載せられてしまうし、刑務所でもっと怖い人達にいじめられながら過ごさなければならない。暴力や器物損壊はいけませんよ!!

 

でも怒りを伝える技術というかある種の暴力性というものは必要不可欠なのも事実だ。それなくして我慢をして相手が引き下がってくれれば構わないが、そうは問屋が卸さないというのが現実だ。その偽物の謙虚さや優しさに付け込んで更につけあがってくるパターンが多い。その結果鬱に追い込まれたり、恐ろしいくらいブチ切れて法に触れることをやってしまったりするのだ。

こうしたことは怒りを表現する技術が足りないから起きてしまうのだ。

 

よく気持ちを察しろと言われてもそれには限界がある。なので相手に知らせる必要があるのだ。決して相手を変える為に怒るのではなく、あくまでも自分の身を守るために。

 

じゃあ怒りや暴力性を表現しまくったり磨けば万事解決か?と問われるとそうでもない。それらに頼ると人が離れて孤立してしまう。舐められていいように使われ続けてポイ捨てされるよりかはマシだと言われればそれまでだけど、身を滅ぼす力でもあるということも忘れてはいけない。

 


www.youtube.com

プロ野球広島のブラウン元監督の退場シーン集。

自分のチームの為にも怒りを表現することも必要なのだろう。ブラウン元監督はこういった怒りを表した抗議(パフォーマンス?)によって幾度も退場処分を受けているが、相手を傷つける暴力は行っていない。むしろチームに奮起を促したらしい。怒りを表現しつつも、ファンに一礼したり、ホームベースを土で隠す際も手で丁寧に隠したりと、人間性の高さが垣間見られる。